ツェタンからラサへ
ユムブラガン宮殿ではとても印象深い経験をさせていただきました。
そしてツェタンニ向かう車中、ボーとした頭の中に思う事は、いったいこれからこの身体はどうなるの?
自分で思う事と身体とのコントロールが、まったくできず身体が違う動きをしている--------------こんな体験は、はじめてでした。
ツェタンのホテルに着くや、僕はお先にベッドに入りました。
当然夕食など食べる事もできませんでした。
あまりの苦しさに脈をはかると1分間に120ほどです。なにもしないのにマラソンをやってるように心臓が勝手にパクパクです。
高山病とはこんな苦しいものとは少し甘い自分を----しかしもう手後れ、ここはチベットです。
後に聞いた話では成都の病院に緊急搬送されて、恐ろしい中国式請求(1.000万〜)を受けた方が結構いると言うお話でした。---貧乏な僕はガンマンする事以外、何も考えられないのでした。
この夜はとても眠る事などできませんでした。同伴してくれたガイドのティキさんが見舞におとずれて「大丈夫です。もう少しのがまんです〜」
(ティキさんはなんと言っても7000メーター級のガイド)と僕の手をしっかりにぎって言ってくれるのでした。
いまから思うと完全に重症患者--危篤状態の僕でした。
一夜あけて僕の身体はチベットになんとか順応しておりました。
昨夜、鏡で見た恐ろしいゾンビのような顔からなんとか生きた顔がもどっておりました。
よかった〜!
そしてホテルでの朝食を軽くすませいよいよ楽しみなラサです。
今日の計画をたてる時、チベットの人達の現在の住居と生活を実際に触れてみたく、ティキさんにお願いしたところ、このホテルで働いている方の住居地区に特別に案内してくれると言う事になりました。
このような計画は当然中国の許可が必要です。ガイドによっては多額の金額が必要になったりします。今回は観光局には届けてなく、チベット人ティキさん達の特別企画でした。
これもチベット人ガイドのお二人だからできるのでしょう。
現在では監視が厳しくとても無理な事でしょう。
住居地区まで1時間ほどの道のりでした。
少し広い広場に私達が到着すると子供達と牛や犬の元気なお迎えでした。
子供達の笑顔は今の日本では見かけられないとても純粋な笑顔で、それは僕達が子供の頃の昭和初期の感じでした。
訪れた住居ですが、50〜60位の平家の集まりでした。ほぼ西方型の形の中におよそ10mほどの四角の中庭があり、その中庭を囲んで生活空間が設けられています。チベットでは乾季2月頃から強烈な風が吹きはじめるのでこの風などに対応するための造りです。
住居を構成したいる材質ですが、基本はレンガや石を積み外壁に土とわらの混合された素材で塗り固められておりました。一部ではやく(牛)のフンをわらで混合して壁に塗り込む方法がありました。
その後、家の内部に通されバター茶をごちそうになりました。はじめて味わうバター茶は紅茶の中に少しバターをいれたような味で、とても味わいのある味でした。
内部はどの部屋もとても明るく中庭の居心地も快適でした。
その中で、南向きの一番日当たりがよく、赤や黄色などのカラーを使った色あざやかに装飾された部屋があり、そこが仏間でした。各部屋のなかでも一段ときれいな部屋でした。真っ赤な祭壇がありチベツトの人達の信仰の深さがうかえました。
祭壇には歴代のお坊さんやダライラマの写真など飾るのが一般的みたいですが、現在中国政府の厳しい取締がありダライラマの写真などは持つ事も許されない状況です。
一通り各部屋を案内していただきこの過酷な環境で生活していくための知恵がいたるところでみうけられました。素朴で余分な物は何も無い究極のエコ生活を実践しているのでした。

子供〜牛〜犬が迎えてくれた、村の広場